静かな雨
静かな雨音が聞こえる。
身支度を整えて、唇に薄く紅をさす。
「女将さん、朝食の準備が出来ました」
襖の向こうから、今年から住み込みで働いている琴江の声がした。
「はい。今、行きます」
私は、三ヶ月前に朝倉の家を継いだ。
朝倉は芸妓置屋として、この界隈では有名だ。
お得意様、料亭、旅館等への挨拶まわりも一通り済んで名実ともに朝倉の女将になった私……
花街で華やかな芸妓達を采配して、取り仕切る。
忙しくたち振る舞っている時はいいのだけれど、部屋でひとりになると虚しさがこみ上げて苦しくなってしまう。
その訳はわかっているのだけど、行動する事は、あのひとを苦しませるだけだと知っている。
「女将さん、この出汁巻き、凄い美味しいですね」
「ほんとね。琴江さん、何処で買ってきたの?」
「藤越の食品部なんです。あそこって最近、凄い混み合ってて、夕方になると田町の女将達だけで賑わってるんですよ」
「これ、藤越の出汁巻きなのね……」
道理で懐かしくて、優しい味がすると思った。
ツンと鼻が痛くなって、涙が溢れそうになってしまう。
(続く)
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