素行調査
「そうですか……」
たったそれだけの会話だった。
たぶん、佳子との結婚を遠回しに断ってるのだろう。
大場家の兄弟姉妹達の冷ややかな視線を全身に浴びながら、そう感じていた。
俺が訪ねる前に大場家では家族会議が開かれ、結論は出ていたのかもしれない。
父親の惣士郎は腕組みをしたまま目を閉じて一言も話さなかった。
大場家では俺の素性を調べるため長兄の辰雄が動いていた。
辰雄は次女の恵子からの情報で俺が、父親と兄を炭鉱の落盤事故で亡くしている事と、母親は既に再婚し現在は音信不通になってる事を知っていた。
そうなると俺の親族からの素行調査は出来ない。そこで俺の所属している「包心会」の事務所を訪ねたのだった。
最悪な事に会長と妻の富子も料亭の祝賀会出席のため留守だった。
しかし事務所には安西とその取り巻き連中が留守番をしていた。
辰雄は安西達に俺の仕事ぶりや、私生活について尋ねたところ驚くべき情報を得た。
「遊楽は板前として腕は良いが私生活に問題がある」
安西達は口を揃えて言うのだった。
それは四年前に芸者置屋「朝倉」の娘と心中未遂をしているとの事。根も葉もない作り話だったが、辰雄は信じてしまった。
さらに心中未遂後も複数の芸妓と交際をしていたという、駄目押しとなる話まで念入りに作り上げられていた。
安西は俺に嫉妬していたというより憎んでいた。
かつて「秀月」に板長として華々しく迎えられたが、二ヶ月程で解雇され湯本の山間にある「松風荘」へ移動させられている。
「秀月」の板長は俺がやると、わずか一ヶ月間で繁盛店にしてしまったのだから安西の立場は無かった。暫くの間は「包心会」に顔さえ出せなかった程だった。
そして俺の心中未遂や複数の芸妓との交際という作り話の情報を、
辰雄は家族会議の場で披露したものだから一瞬にして全員が凍りついた。という訳だ。
そんな男に器量よしの末娘を嫁がせるのは、何処の家でもかなり無理な話というものだろう・・・。
(続く)
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