花嫁修業
炭鉱長屋と通りを隔てた一角に佳子の実家が見えてきた。
二階建ての大きな家屋で入り口が二つあった。右側の入口には大場商店と看板が掛けられている。左側の入口の引き戸を開けた。
「ごめんください。遊楽と申します」
俺の声は響き渡る程の大きさではなかったが直ぐに襖戸が開き、転げるように女性が出てきた。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
三女の美津子だった。おそらく俺が来るのを襖戸の陰で待っていたのだろう。
迎えに出てきた美津子の慌てる様子と、転げるような仕草に、笑いを噛み殺しながら奥の客間へ入った。
正面に佳子の両親と思われる年配の夫婦が座っていた。
左側に五人の男達、右側に三人の女達が座っていた。迎えに出てきた美津子は一番手前に座った。
どうやら、次女の女将と佳子は別室に居るようだ。
「はじめまして、遊楽と申します。今夜はお招きに預かり、ありがとうございます」
「寒い所、よぉ来てくださった。私どもが佳子の父母の惣士郎、絹子でござんす」
その語尾のござんすに違和感を感じた。福島の方言じゃなく岩手の方言じゃないかと思った。
そういえば佳子から両親の出身地は山形県の鶴岡市だと聞かされていたのを思い出した。すると普通に山形でも使われる方言なのだろうか。
広い客間は耐え難いようなピリピリした緊張感が満ちて、皆が硬い表情で鎮座していた。
「遊楽さんは佳子が好きなんじゃのぅ」
母親の絹子だけがゆるりとした表情で言った。
「はい、直ぐにでも結婚したいと考えています。ご両親様のお許しがいただきたいと思いまして、今夜、伺いました」
「佳子は末娘でなぁ。まだなんも出来んから、ちょっとばかし花嫁修業をさせたいんよ。待ってもらえんかのぅ」
(続く)
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